〼研のゴミ箱

マッスル研究会の構成員が自分が考えてることを表明します。

765MRステージに行って 感想

いやぁ~千秋楽、如月千早公演終わりましたね。やっとせいせいと感想が書けます。

MRがどんなモンだったのか
基本的にはライブ+MCの組み合わせで1時間ぽっきり。
アイドルたちが立体映像(多分正確には違う技術)としてステージに立ってます。

流れとしては
前半メドレーパート→ソロ1曲目→MC→後半メドレーパート→ソロ2曲目→終わりのMC
って感じです。
(面倒なのでメドレーって呼んでますが、正確にはゲーム版の短い曲が次々と披露されるパートであり、メドレーの形式は取っていません。)
メドレーパートは前半後半ともに録音・録画済みで、前半パートは春香などに用いられたもの(Aパターンと仮称)と、千早などに用いられたもの(Bパターンと仮称)の2パターンありましたが、同じパターンならば変化はありません。

特筆すべきはソロやMCなど、主演アイドルが一人でいる場面です。
これは恐らく担当声優が劇場まで来ており、カメラ的なもので場内を見ながらその場で声をあてています。

そのため、ソロ曲ではいつものライブさながらに煽りを入れたり、CD音源ではないライブ感を味わうことが出来ます。
多分歌唱とダンスは別々で、ダンサーのモーションキャプチャをしているので、ダンスもキレキレです。

MCは、おそらく声優が声をあてつつ、モーションキャプチャもしているのかな?
その場でプロデューサーと対話しながら進行するので、今までになかった“アイドルとの対話”ができるという点で、とても感動的でした。

また、セトリに関しても「いいねぇ~」と思える点が多かったです。

例えば演出でいえば、魔法をかけて!のメンツであったり、エージェントのメンツであったり。
スタ→トスタ→を亜美真美が披露する、ってのも、下田麻美が分裂できない以上今までになかったことであり、非常に“いいねぇ~”でした。
my songに関しても、10thにいなかったメンバー、と言われると、なるほど確かに。ってなりましたね。

選曲のいいねぇもあります。
例えば、Aパターンに顕著にみられた全体曲飽和問題に対して「ごめんよ…」とでも言いたげなONLY MY NOTE、Happy!!、i、L・O・B・M、極めつけはWe Have A Dreamなどの曲の数々。
披露回数0回をわざわざ披露してくれる度胸。

「何回も同じ公演やるからまあいいべ」というある種の吹っ切れがあるからこその選曲だなぁと思いました。

まあ、この辺は正直前回のブログで書いてるんで読んでみてください。

muscleresearch.hatenablog.com

今日は千早回に行ったのですが、そこで一つだけ違和感を覚えたことがあったのでそれについて少し書きます。

僕はかつて、サークルの会報にとある記事を書きました。内容としては「迷惑な客に精神を摩耗されるな」的なものだったのですが、その文章の中に次のような論が出てきます。
『ゲームや創作活動はプロデュース活動かもしれないが、ライブに参加することは一切プロデュースではなく、ただの客に他ならない』
というものです。

これは僕は今でも正しい(というか正しい間違っている云々ではなく、当たり前だけどアイデンティティの都合で話題にするのが憚られるだけ)と思っています。

そして今日の千早回に行くまでの春香、真、雪歩、響、貴音回も当然そう考えていましたし、客もみな、客としてふるまっていたと思います。

しかし今日の千早回で、僕は違和感を覚えました。

千早は、ライブパートが終わり、MCパートに入る前、「舞台からバックヤードに戻る」小芝居をしたのです。
千早回に限らず、全てのアイドルで、MCパートと呼んでいるものの、話している内容はMCではありません。
プロデューサーとの「おしゃべり」なのです。

なるほど。確かに、舞台に立っていてソロパートが終わった瞬間にプロデューサーとおしゃべりし始めるのはおかしいですよね。
また、千早は「もしかして、2曲目のソロ曲忘れちゃったんじゃないでしょうね?」みたいな質問をしてきて、私たちが「プロデューサー」として
「ライブの運営にあくまで参与している」体裁をとってきました。
そして彼女は「行ってきます」と言い、舞台に上がる小芝居をしてMCパートを終えるのです。

勿論、彼女が上がる舞台を見ている客たちは私たちプロデューサーです。

ここで感じました。あれ、これやっていいのかな、って。
アイドルが行ってきますといって上った舞台、そして現れるアイドルの映像。盛り上がる1秒前まで「プロデューサー」だった客たち。
僕はMCで自分がプロデューサーであることを意識したがために、かえって、ライブを見ている自分がただの客にしかすぎないことを思い知らされたのです。

まあ、上で書いた通り、それが正しいのです。ライブでプロデューサー性を求めることがおかしいのですから。

でも、ちょっと、無力さにがっかりしてしまった。

いや、制作に加わりたいとかそういう話ではなくて、オタクとしてのアイデンティティとしてね。

同志